振り返る時代:1991~1992年
※今回のコラムでは山下章氏の「バトル・オブ・ストリートファイター2」を取り上げていますが、ネタバレになる記述がありますので読む際はご注意ください。
対戦格闘ゲームというジャンルが最も熱を帯びていた90年代、ゲームセンターで遊ぶゲーマーたちの愛読書といえばゲーメストでした。アーケードゲーム専門誌ですけど、対戦格闘ゲームブームを湧き起こしたストリートファイター2が稼働した91年はまだ置かれている書店が少なくて知る人ぞ知る存在でした。
ゲームセンターで遊ぶ人たちの中でもコアなゲーマーにしか知られていなかったゲーメストは、ストリートファイター2の人気のおかげで発行部数を伸ばしていき、ストリートファイター2ダッシュが発売された1992年の春頃には書店で普通に置かれるように、スーパーストリートファイター2が発売された93年秋にはなんと月刊誌だったのが月二回発行になるほど大きなゲーム雑誌となっていきました。アーケードゲーム専門誌が無い今となっては、月二回発行なんて信じがたいことかもしれませんけど、それだけ対戦格闘ゲームが物凄い人気を誇っていたことをゲーメストの売れ行きの伸びが物語っているといって良いかもしれません。
ゲーメストを片手にゲームセンターに行くのがトレンドだったとまでは言いませんけど、ゲーメストの発売日にはゲームセンターでゲーメストを持っているのがごく普通の光景だったのがあの頃でした。
そのゲーメストが書店で一般的に置かれるようになるまで、ストリートファイター2を遊ぶためにゲームセンターに通い出した僕がゲームの攻略情報を仕入れていたのがマイコンベーシックマガジンでした。
通称ベーマガ(ちなみにゲーメストの通称はメストでした)は、パソコン雑誌でしたけどアーケードゲームも多少扱っていてそのためにストリートファイター2の攻略記事も載っていました。とはいっても僕の記憶だとストリートファイター2の攻略記事に多くのページが割かれたのは一回だけです。ストリートファイター2虎の穴という攻略ページが半年ほど連載されていましたけど2ページ前後のページ数にすぎなくて最終回以外を読んだか今となっては覚えていません。それでも、ベーマガを読んでいたその一年間で、僕にとっては1999年に休刊になるまで7年間も読み続けたゲーメストと並ぶとても忘れることのできない思い出の雑誌となっています。それは山下章氏によって書かれた「バトル・オブ・ストリートファイター2」という連載作品があったからでした。これは1991年の5月14日にベーマガ編集部内で開かれたストリートファイター2の大会の模様をドキュメンタリータッチで描いた記事です。大会はベーマガ・ライターズ12人による総当たり戦。小説という言葉は使われてないですけど、描写はとても丁寧でドキュメンタリー小説と捉えていただいてよいかもしれません。
1991年の5月といえば、ストリートファイター2が稼働してからまだ二か月しか経ってなくて、その頃はスタンダードキャラのリュウやケンを使ってコンピューター戦を遊ぶのが一般的で必殺技を出せる人はごく少数派、コンピューター戦をクリアーといっても通常技を使ってクリアーするのが普通でした。もちろんキャンセル技なんて知られていません。
僕にいたってはコンピューター戦の3戦目を越えることが出来ない、でもそれがごく普通の光景だった中でベーマガ編集部のライターは、パソコン雑誌のライターだというのに猛者が何人もいて、春麗を使う山下章氏は2では異様なまでに間合いが広かった春麗の空中投げをマスターし、ブランカ使いの宮塚氏はジャンプ大パンチ、立ち中パンチ、大足払いの三段技、通称ピンポンパンを対戦で使うことが出来(しかも、当てる時にピンポンパンと叫ぶキャラへの愛着ぶり)、やんま氏は波動拳で飛ばして昇竜拳で迎撃する波動昇竜の基本戦法はもちろん、大パンチキャンセル昇竜拳の通称アッパー昇竜拳のコンボまで決めることが出来るほどのやり込みぶり。繰り返しになりますけど、まだゲームが稼働してから二カ月しか経ってないというのに、この頃は必殺技の波動拳を出すことが出来たら尊敬の眼差しを向けられていたこの時期にすでに今でも通用するくらいの腕前を誇っているライターが何人かいました。もちろん全ライターがというわけでなくて、達人級といえるのは5人くらいで、全12人の腕のレベルはだいぶ差がありましたけど、逆にその達人たちだけの大会になっていないところが読者を置いてけぼりにさせず親しみを感じやすいところだったかもしれません。
さらにこの作品の上手いところが、ゲームは僕たちもプレイしてますから、自分の使う持ちキャラクターと同じキャラクターを使うライターに感情移入がしやすいということです。この作品が大会が終わってすぐの6月に連載していたなら多くの人はリュウを使用していたからその作用も生まれなかったかもしれませんけど、この読み物の連載が始まったのは7月で大会の開始に入った頃は8月。その頃になると、ストリートファイター2はリュウでのコンピューター戦クリアーした人が増え他のキャラクターでコンピューター戦クリアーを目指すようになっていて、さらにはコンピューター戦だけでなく対戦プレイも身内だけの間ですけど行われるようになっていっていました。世間がようやく5月のベーマガ編集部のレベルに追いついていき始めた頃に話が大会に突入していったのもベストなタイミングだったといえます。こうして、対戦プレイもするようになっていって、ベーマガライターたちによる対戦大会の模様を手に汗握りながら誰が優勝するんだろう、出来たら自分の持ちキャラを使っているこのライターに優勝して欲しいなぁなんて思いながら毎号読むようになっていきました。
僕はこの頃、ブランカを使うようになっていて対戦ではブランカがメインでした。そのために、ブランカ使いである宮塚氏を応援していて、その宮塚氏は優勝候補の一人に上げられていて、序盤では圧倒的な強さで勝ち続けていました。
大会の序盤戦の一番のハイライトはブランカ使いの宮塚氏対リュウ使いの佐久間氏の一戦。お互い無敗同士の対決となったこの闘いは、佐久間氏も波動拳と昇竜拳を自由に放つことが出来て互角の勝負が繰り広げられます。一本目は宮塚氏が取るも二本目は佐久間氏が奪い返し五分と五分。実力伯仲の中、迎えた三本目ですがこのラウンドでは宮塚ブランカが佐久間リュウを圧倒して勝利を手にします。終わってみれば宮塚氏の強さが一際印象付けられる結果になり、宮塚氏への包囲網が敷かれていきます。
その対策の一手となったのが、ストリートファイター2は同キャラ対戦が出来ない仕様の盲点を突いた持ちキャラ潰し。この大会では試合を始める前にキャラクターのカードを一枚掲示して自分が使うキャラクターを申告します。キャラクターが同じならもう一度出し合って同じキャラクターが三度続いたらそのキャラクターは使用できないという独自のルールがありました。そのルールを使って、宮塚氏の対戦相手が宮塚氏の持ちキャラクターであるブランカのカードを出すという戦法を取るようになっていきました。三度続けてブランカのカードを出してブランカを使わせなくするという戦法です。
この戦法を取られて、ベニー松山氏との試合ではブランカを使えなくなった宮塚氏は仕方なくガイルを使用します。対戦相手のベニー松山氏はストリートファイター2をそれほどやり込んでいなかったためにブランカ潰しという非情な一手を出しても宮塚氏に勝つことは出来ませんでした。とはいえ、ブランカに比べれば良い勝負が出来たために他のライターもこの作戦に追随していきます。
続いて、宮塚氏と試合をする手塚氏もまた自分の持ちキャラでないブランカを掲示します。これに対して、宮塚氏が二度目のカードで出したのはリュウのカード。あえてブランカを出さずに相手に使用したことがないだろうブランカを使わせる対策の一手を打ってきます。ブランカ潰し潰しです。ほとんど使ったことのないブランカを使わざるえなくなった手塚氏に対して宮塚氏は圧勝しました。
ブランカ封じに対抗する策を見つけた宮塚氏はこれで気を良くしたのか、次の対戦相手の山下章氏に対しても一回目からブランカでないカードを出します。しかし、対戦相手の山下章氏が出したカードはブランカでなく春麗でした。山下章氏も序盤で一敗しているとはいえ優勝候補の一人と目されていた男。彼は自分の腕前を信じていたのでした。策に溺れてしまった宮塚氏は山下章氏の春麗の前にあえなく敗退します。
「まだたかが一敗じゃねえか」と宮塚氏は強気な発言をしますが、一敗といってもその負け方が悪すぎました。動揺を引きずったままその後もやんま氏と解せない君との強豪二連戦で二連敗してしまいます。こうして、大会序盤での圧倒ぶりに一躍優勝候補筆頭に名乗りを上げた宮塚氏はあえなく優勝戦線から脱落していきます。優勝戦線は、一敗に宮塚氏を破った春麗使いの山下章氏、無敗にリュウ使いのやんま氏、ダルシム使いの解せない君、さらに大会に遅れて到着していなくまだ一戦もしてないのでその実力は未知数ですがストリートファイター2最強キャラであるガイルをベーマガ編集部内で唯一持ちキャラにしている赤烏龍吉氏に絞られました。まさかの宮塚氏脱落に俄然、この後の展開が見逃せなくなっていったのですが、ここで連載は中断し、ベーマガでその続きが載ることはありませんでした。
翌月号もその翌月号にも掲載していない。流石に半年間も掲載しないと連載が終わってしまったのかと諦めの思いとそんな殺生な……という思いを半分半分持ちながら時間の経過と共にその事実を受け入れていきました。
もし途中で連載が中断してしまって長いこと休載が続いているけど続きが気になって仕方ない作品を三つ上げるとしたら、漫画のハンター×ハンター、強殖装甲ガイバーと並んで僕はこのバトル・オブ・ストリートファイター2も迷うことなく上げます。それくらいにこの作品に僕は夢中になっていました。
連載が中断してから19年が経ち、僕は対戦格闘ゲームのコラムをサイトで書くようになりました。それでこのバトル・オブ・ストリートファイター2の思い出もコラムで取り上げたいと思って、インターネット上で検索してみると、なんと!バトルオブストリートファイター2が2018年に単行本で出ていることが分かりました。しかも、ベーマガで連載していた分だけなくて完結まで書き上げているのです。19年越しの思いがまさか適うとは、嬉しくて嬉しくて僕は舞い上がりました。
これほど嬉しい買い物があったかな。そう思いながら僕はバトル・オブ・ベーマガライターズをアマゾンのカートに入れました。
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